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東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)180号 判決

原告

日本臓器製薬株式会社

右訴訟代理人弁理士

萼優美

萼経夫

館石光雄

同復代理人弁理士

成田敬一

被告

特許庁長官

右指定代理人

野田明正

外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、「特許庁が、昭和六〇年八月六日、同庁昭和五七年審判第二三三一八号事件についてした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第二  請求の原因

原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和五三年四月二六日、「OLTASE」の欧文字と「オルターゼ」の片仮名文字を上下二段に横書きしてなり、第一類「化学品、薬剤、医療補助品」を指定商品とする商標(以下「本願商標」という。別紙第一参照)について、商標登録出願(昭和五三年商標登録願第三一八四六号)をしたが、その後、昭和五五年八月一三日付の手続補正書をもつて、指定商品を第一類「薬剤」と補正し、かつ、右商標登録出願を登録第七四九九七四号商標及び昭和五一年商標登録願第八九三三六号商標の連合商標の商標登録出願に変更し、更に、昭和五七年四月二八日付の手続補正書をもつて、連合商標の表示として登録第六六六五四八号商標を追加する補正をしたところ、昭和五七年九月二一日拒絶査定を受けたので、同年一一月一六日これに対する審判を請求し、昭和五七年審判第二三三一八号事件として審理されたが、昭和六〇年八月六日、「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決(以下「本件審決」という。)があり、その謄本は、同年九月一二日原告に送達された。

二  本件審決理由の要旨

本願商標の構成、指定商品及び登録出願日は、前項記載のとおりであるが、原査定において本願商標の拒絶理由に引用した登録第一二〇四二一二号商標(以下「引用商標」という。別紙第二参照)は、「ULTASE」の欧文字を横書きしてなり、第一類「化学品(他の類に属するものを除く。)、薬剤、医療補助品」を指定商品として、昭和四七年二月二六日に登録出願、昭和五一年六月一〇日に登録されたものである。

よつて按ずるに、本願商標及び引用商標の構成は、それぞれ前記のとおりであるから、該構成文字に相応して、前者からは「オルターゼ」、後者からは「ウルターゼ」の称呼を生ずるとするのが相当である。そこで、「オルターゼ」と「ウルターゼ」の両称呼を比較するに、両者は、共に長音を含む五音構成であつて、語頭において「オ」と「ウ」の音の差異を有するほか、他の配列構成音をすべて共通にするものである。しかして、該差異音の「オ」と「ウ」は、共に単母音であつて、いずれも舌を後部にして発する奥母音であり、調音上近接した音であるばかりでなく、両音が次音に吸収され易い音であることにより、第二者以下の「ル」「タ」「ー」「ゼ」の各音を共通にする両称呼にあつて、全体に及ぼす影響は大きいとはいえないものである。したがつて、両称呼をそれぞれ一連に称呼する場合、両者は、全体の語調、語感が相似たものとなり、彼此聴き誤るおそれが充分にあるものといわざるを得ない。してみれば、本願商標と引用商標とは、その称呼において類似する商標であり、かつ、本願商標の指定商品は引用商標の指定商品に包含されているものと認定し得ることであるから、結局、本願商標は、商標法第四条第一項第一一号に該当し、登録することはできない。

三  本件審決を取り消すべき事由

本願商標及び引用商標の構成、称呼並びに指定商品についての本件審決の認定は争わないが、本件審決は、本願商標と引用商標とは称呼において類似する旨誤認し、その結果、本願商標は引用商標に類似するものであるとの結論を導いたものであつて、違法として取り消されるべきである。すなわち、

1  商標は、商品について使用されて商品流通過程に置かれたときにはじめて称呼を生ずるものであるから、商標の称呼の類否の判断はあくまで商品取引界の実情のうえに立つてなされるべきである。本願商標と引用商標の称呼のうち、「ターゼ」はデンプンの消化酵素を意味する「ジアスターゼ」(アミラーゼの俗称)に由来するもので、三共製薬株式会社の商品薬剤についての著名商標である「タカジアスターゼ」の出現以来、「……ターゼ」の文字は、薬業界において商品酵素剤についての商標に極めて広く接尾語として使用されている、いわば慣用的文字であり、あたかも商品清酒についての商標における「……正宗」というように一つの観念的意義をもつて呼ばれるものであるから、本願商標の「オルターゼ」、引用商標の「ウルターゼ」に接する取引者又は需要者は、「オ・ル・ター・ゼ」、「ウ・ル・ター・ゼ」というように無意識に一連に発音されるものではなく、先ず「ターゼ」を一つの観念として促え、「オル・ターゼ」、「ウル・ターゼ」として称呼し観念するであろうことは取引のむしろ通念というべきであり、したがつて、その発声においても、冒頭の「オル」、「ウル」の部分の音に注意を惹かれ、そこに重点を置いて「オルターゼ」、「ウルターゼ」と称呼することは明らかである。

2  日本語では、「ア」、「イ」、「ウ」、「エ」、「オ」の五音を母音と定めてこれを声音の基本の音とし、各母音は各々明確な音を持ち相互に混同することのない特徴をもつている。「オ」と「ウ」とは、共に単母音として独立的に発音されるものであつて、しかも、発音の際の口腔内の舌の位置のもつとも高い点の位置が相違しており(「ウ」と英語の「U」とは大体近似している中・奥母音であるが、「オ」は日本語において独特のもので、英語には「オ」と同じ舌の高さで発音する語はない。)、音声学的にみても彼此混同されるおそれはない。本件審決が、「オ」と「ウ」の母音をもつて調音上近接した音であるといつているのは誤りである。そこで、「オル」と「ウル」とを比較してみるに、差異音である「オ」と「ウ」とは、前述のとおり、相互に混同することのない五母音に属するものであるから、「オル」と「ウル」とが彼此混同されるおそれはない。このことは、「折る」と「売る」とが日常用語において判然と区別されて何ら紛らわしいことがないことや、過去の登録例において、原告の有する登録商標第七四九九七四号「オルターゼ」が先登録商標として登録されているにもかかわらず、引用商標が登録されたこと、及び引用商標の連合商標である登録商標第一六六三五三〇号「ウルターゼ」は原告の右登録商標の後願にもかかわらず登録されていることからも明らかである。

3  原告は、本願商標の連合商標として表示されている、商標「オルターゼ」について、昭和四一年六月七日に厚生省より製造承認許可を受けて使用を開始し、その後、健康保険適用薬(薬価基準収載品目)として、以来今日に至るまで、約二〇年間にわたり継続して使用してきているものである。この間の売上高は三五億円を越えており、商品「複合消化酵素剤」について「オルターゼ」といえば原告の取扱いに係る商品として、業界に浸透しているものである。

以上のことからすると、発音の冒頭において「オ」と「ウ」の母音を異にする本願商標と引用商標との称呼は、全体として明らかに別の商標として取引者又は需要者に聴覚され、称呼において取引上相紛れるおそれは全くないのであつて、これと異なる判断をし、その結果、本願商標は引用商標に類似するものであるとの結論を導いた本件審決は、違法というべきである。

被告は、本願商標と引用商標とは、その称呼において、語頭音において「オ」と「ウ」との差異があるほかは他の配列構成音をすべて共通にし、該差異音の「オ」と「ウ」は、母音の中にあつて発音方法が近似しており、「オ」と「ウ」の次音である「ル」は弾音で明確に発音され、それに続く「ター」の音は明るく発音される解放音であるので、「オルターゼ」と「ウルターゼ」の称呼を聴く者は「ルター」の音に強い印象を受け、全体として「オ」と「ウ」とははつきりした音声として聴きとられない音となる旨主張する。しかしながら、前記1及び2記載のとおり、「オルターゼ」、「ウルターゼ」という称呼に接する取引者又は需要者は、冒頭の「オル」、「ウル」の部分の音に注意を惹かれ、そこに重点を置いて「オルターゼ」、「ウルターゼ」と称呼するのであり、しかも、「オ」と「ウ」とは、共に単母音として独立的に発音されるものであつて、発音の際の口腔内の舌の位置のもつとも高い点の位置も異なり、また、「オ」、「ウ」の次音である「ル」の音はいわゆる側音で前音を強く発音しないと明確な音とはならないものであるから、「ル」の前の音は強く発音されるのが通例であつて、「ル」の音は弾音で「ター」は明るい開放音であるから「ル」が弾発音であるというのは被告の誤解である。また、被告は、商標の類否の判断において、使用による自他商標の区別性は何ら関わりがない旨主張している。しかし、右主張は今日の国際事情、取引の実情には適合しないものであるばかりでなく、法の趣旨にも反するものである。すなわち、商標法第三条第二項が特に商標の使用による識別性について規定したことは、正に商標登録適格は当該商標の使用事実を考慮すべきことを規範づけたものであり、また、パリ条約第六条の五〇項(1)は商標が保護を受けるに適合するものであるかどうかを判断するに当たつては、すべての事情、特に、当該商標の使用期間を考慮しなければならないことを規定しており、この規定は出願に係る一つの商標がある程度他の登録商標と外観、称呼又は観念において類似するところがあるとしても、永年の使用によつて一方が周知著名となつたことにより、両者が取引者又は需要者によつて判然と区別して取り扱われて混同を生じないものとなつているときは、これを保護すべきことを定めており、商標法第三条第二項にいわゆる「永年の使用による識別性」は、単に商標自体の顕著性のみによらず、区別性をも含むものと解すべきである。ちなみに、一九五八年のリスボン会議においても商標のすべての審査において一切の事情を判断することを勧告した事務局案が受諾されている。そして、商標の類否判断は、外観、称呼、観念といつたような基準を数学における公式のように適用すべきではなく、取引界の事情に即応してなすべきであるとする世論は今日においては国際的なものとなつている。本願商標は、「オルターゼ」の文字よりなる登録商標第七四九九七四号と連合する商標として登録出願されたもので、右登録商標は、その登録より今日に至るまで約二〇年間使用されている周知著名となつているものであつて、引用商標「ウルターゼ」とは判然と区別して取り扱われ、何ら両者間に混同誤認の問題は全くないものである。

第三  被告の答弁〈省略〉

第四  証拠関係〈省略〉

理由

(争いのない事実)

一本件に関する特許庁における手続の経緯、本願商標及び引用商標の構成及び指定商品並びに本件審決理由の要旨が、いずれも原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがないところである。(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

二原告は、本件審決は、本願商標と引用商標とは称呼において類似する旨誤認し、その結果、本願商標は引用商標に類似するものであるとの結論を導いたものであつて、違法として取り消されるべきである旨主張するが、右主張は、以下に説示するとおり理由がないものといわざるを得ない。

本願商標が、「OLTASE」の欧文字と「オルターゼ」の片仮名文字を上下二段に横書きしてなり、第一類「薬剤」を指定商品とする商標であるのに対し、引用商標が、「ULTASE」の欧文字を横書きしてなり、第一類「化学品(他の類に属するものを除く。)、薬剤、医療補助品」を指定商品とするものであることは前記のように当事者間に争いがなく、本願商標から「オルターゼ」の、また、引用商標からは「ウルターゼ」の一連の称呼を生ずることは原告の認めるところである。

よつて、本願商標と引用商標の右称呼の類否について検討するに、右称呼は、共に長音を含む五音構成であつて、語頭音において「オ」と「ウ」の差異を有するほかは、他の配列構成音をすべて共通にするものであり、しかも、「オ」と「ウ」は、共に単母音で、成立について争いのない甲第一一号証によれば、その発音方法(発音に際しての唇の形、あごの開きの大きさ、舌の盛り上がる部分の位置、鼻腔の使用の有無)も、「オ」が円唇の、中ぐらい開いた、奥舌の非鼻母音であるのに対し、「ウ」は平唇の、閉じた、中舌が奥舌の非鼻母音であつて近似しているものと認められ、かつ、調音上近接した音であるといえるから、第二音以下の「ル」「タ」「ー」「ゼ」の各音を共通にする両称呼にあつて、「オ」と「ウ」の違いがもたらす全体に及ぼす影響はそれ程大きいものということはできない。したがつて、両称呼は、全体の語調、語感において相紛らわしいものであるから、取引者、需要者が聴き誤るおそれが充分にあるものと認めざるを得ない。してみれば、本願商標と引用商標とは、その称呼において類似し、相互に混同するおそれがあるものと認めるのが相当である。この点に関し、原告は、「オル」と「ウル」とを対比するとき、「オ」と「ウ」とは、共に単母音として独立的に発音されるものであつて、日本語では、「ア」、「イ」、「ウ」、「エ」、「オ」の五音を母音と定めてこれを声音の基本の音としており、母音である五音は各々明確な音を持ち相互に混同することのない特徴を有し、母音は発音の際の口腔内の位置、唇の形状等により種々に分類され、「オ」と「ウ」が発音される際の舌の位置の最も高い点の位置は相違する(「ウ」と英語の「U」とは大体近似している中・奥母音であるが、「オ」は日本語において独特のもので、英語には「オ」と同じ舌の高さで発音する語はない。)から、音声学的にみても「オ」と「ウ」とは彼此混同されるおそれのないこと明らかであり、「オル」と「ウル」とが彼此混同されるおそれがないことは、「折る」と「売る」とが日常用語において判然と区別されて何ら紛らわしいことがないのと同様である旨主張するが、前示のとおり本願商標及び引用商標からは、「オルターゼ」及び「ウルターゼ」の一連の不可分の称呼を生ずるのであるから、両称呼の類否は、全体的な配列構成音や語調、語感等を吟味のうえ決するを相当とするところ、原告の叙上主張は、このような全体的考察を無視し、「オル」と「ウル」のみを対比して両者の類否を論ずるものであつて当を得たものとはいい難く、両商標がその称呼において類似することは前説示のとおりであるから、採用し得べき限りでない。なお、〈証拠〉によれば、原告の登録商標第七四九九七四号「オルターゼ」が登録された後、引用商標が登録され、かつ、引用商標の連合商標として登録商標第一六六三五三〇号「ウルターゼ」が登録されていることを認めることができるけれども、この事実があるからといつて、本願商標と引用商標の称呼が類似しないとなし得ないことは、明らかである。

次に、原告は、商標の類否は商品取引界の実情のうえに立つてなされるべきであるとしたうえで、本願商標と引用商標の称呼のうち「ターゼ」はデンプンの消化酵素を意味する「ジアスターゼ」(アミラーゼの俗称)に由来するもので、「……ターゼ」の文字は、薬業界において商品酵素剤についての商標に極めて広く接尾語として使用されている、いわば慣用的文字であり、一つの観念的意義をもつて呼ばれるものであるから、本願商標の「オルターゼ」、引用商標の「ウルターゼ」に接する取引者又は需要者は、「オ・ル・ター・ゼ」、「ウ・ル・ター・ゼ」というように無意識に一連に発音されるものではなく、まず「ターゼ」を一つの観念として捉え、「オル・ターゼ」、「ウル・ターゼ」として称呼し観念するのであろうことは取引のむしろ通念というべきであり、したがつて、その発声においても、冒頭の「オル」、「ウル」の部分の音に注意を惹かれ、そこに重点を置いて「オルターゼ」、「ウルターゼ」と称呼することは明らかである旨主張するが、仮に原告の主張するように「ターゼ」の語が酵素剤を表示する慣用語で、一つの観念を有する語として捉え得るとしても、「オル」、「ウル」の両語はいずれも語頭部分にあつて、短かい簡単な語で、しかも、その有意性の有無を詮索することなく発音されるものとみるを相当とし、かつ、これに続く「ターゼ」の語が長音であることにかんがみると、全体として発音する場合、「ターゼ」の語に比すればむしろ弱く発音されるのを自然とするから、原告主張のように、「オル」「ウル」の部分に重点をおいて称呼されるものとは到底認めることはできず、この認定を覆し、原告主張の事実を認めるに足りる証拠はない。したがつて、原告の右主張は採用するに由ない。

更に、原告は、本願商標の連合商標として表示されている、商標「オルターゼ」について、昭和四一年六月七日に厚生省より製造承認許可を受けて使用を開始し、その後、健康保険適用薬(薬価基準収載品目)として、以来今日に至るまで、約二〇年間にわたり継続して使用してきているもので、この間の売上高は三五億円を越えており、商品「複合消化酵素剤」について「オルターゼ」といえば、原告の取扱いに係る商品として業界に浸透し、周知著名となつているから、本願商標と引用商標間に混同を生ずることはない旨主張する。本来、商標の称呼、外観又は観念の類似は、その商標を使用した商品について出所の混同のおそれを推測させる一応の基準にすぎないのであるから、これら三点のうちいずれかにおいて類似する場合においても、取引の実情等により商品の出所の混同を来すおそれを認め難い特段の事情があるときは、右の具体的事情が優先し、類似の商標と認め得ないものと解するを相当とするところ、本件についてこれをみるに、〈証拠〉によれば、原告は、本願商標の連合商標として表示されている、商標「オルターゼ」について、昭和四一年六月七日に厚生省より製造承認許可を受けて使用を開始し、その後、健康保険適用薬(薬価基準収載品目)として、以来今日に至るまで、継続して使用し、三五億円を越えて売上高を計上していることが認められるものの、右の事実だけでは、「オルターゼ」と「ウルターゼ」が判然区別されて取引の実際において使用され、互いに混同するおそれがないことを証するに足りず、他に叙上特段の事情を認めしめるに足りる証拠はない。したがつて、原告の右主張も採用することができない。

叙上説示したところによれば、本願商標と引用商標は類似するものというべきところ、本願商標は引用商標の登録出願の日の後の商標登録出願に係り(この点は、原告の明らかに争わないところである。)、かつ、両者はその指定商品において相牴触するから、本願商標は、商標法第四条第一項第一一号の規定により登録を許されないものというべきである。〈以下、省略〉

(裁判長裁判官武居二郎 裁判官川島貴志郎 裁判官杉山伸顕は転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官武居二郎)

別紙第一

本願商標

別紙第二

引用商標

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